テン年代を変えた相対性理論 その頭脳、やくしまるえつこの頭の中 前編

 

相対性理論というバンドは初期2作が素晴らしく、特に1作目「シフォン主義」はベーシスト真部の類稀なるソングライティングセンスが遺憾なく発揮され、その後の邦楽界に大きな影響を与えた傑作でした。しかし、3rd以降やくしまるえつこの存在感が増すごとにバンドのバランスが崩れ始め、真部とドラムの西浦の脱退後発表した「TOWN AGE」は相対性理論らしさを追い求めるも失敗に終わり、今なお迷走を続けている—もしかしたらそんな印象を持たれている人がいるかもしれません。

 

ですが、ここで一本の補助線を引いてみましょう。

 

相対性理論とはデビュー当初から一貫して、彼女らの悪趣味スレスレのところを突いてくる摩訶不思議な音楽的テイストを具現化してきたバンドです。言い換えれば、実は最初から相対性理論というバンドは、世間からは「時代にそぐわず、趣味が悪い」と見向きもされなくなった音楽を掘り起こし、一般的にはあり得ないとされる組み合わせで提示することによって、ポップ・ミュージック/ロックンロールを再定義しようとしてきたバンドなのではないか?ということです。

 

…と、ここまで来てひとつ種明かしをします。上記の文章、実はサインマガジンにて特集された「総力特集:ゼロ年代を変えたストロークス、その頭脳、ジュリアンの頭の中 | the sign magazine」内の特集記事の冒頭部分を引用、改変したものなのです。詳しくは読んでもらえれば分かると思いますが、「ストロークス」「ジュアリンカサブランカス」の部分が「相対性理論」に変わっているだけ。最初の記事にしていきなり他人の記事をパクるのも何ですが、この記事を書こうとした動機がこれなので…すみません。

勿論デビューからメンバーが代わっていないストロークスと、半分が代わった相対性理論とでは同様に語り切れないところはたくさんあります。しかし、ストロークスがロックンロール・リヴァイバルを背負っていくつもりなんてなかったように(実際にロックンロールを背負う覚悟をしたのはアレックス・ターナーでした)、相対性理論も「邦楽インディー界」を背負う気ははじめからなかったのかもしれません。

 

 

デビュー作「シフォン主義」(2008)は今でこそ数ある「理論系バンド」の元祖であり、そのジャンルにおいて最もポピュラーな作品という扱いです。しかし、このアルバムリリース時の邦楽界において、彼女たちの存在は明らかに異質なものでした。妙に疾走感のあるサウンドに乗せて、直立不動の女の子が無気力的なウィスパーボイスで放つ言葉は「LOVEずっきゅん」。しかも5曲中3曲、男も(かなり気持ち悪い声で)歌います。各々の要素を部分的に見ると革新的なものは何もないように思えますが、それらを全てひとまとめにする大胆な行為は明らかに新しかったしナンセンスでしたし(だから「シフォン主義」の良さが分からないという人は今でも沢山いると思います)、何よりそれできちんとポップ・ミュージックが成立していました。その衝撃は、当時鳴り物入りで始まった「CDショップ大賞」において、栄えある最優秀賞を獲得したことからも窺えます。

 

「ハイファイ新書」(2009)は、1stのなりふり構わぬ勢いは鳴りを潜め、やくしまるえつこをフィーチャーすることと、奇妙な言葉使いに熱中した作品です。たとえば、「だんな算数 ありがと算数」「まじめな会社員 あんしん公務員 夜中も見廻り警備員」などなど…。歌詞は変、曲は盛り上がらない、ボーカルは上手くない、ギターはジョニー・マー、なのに全体としては素晴らしいポップ・ミュージックに仕上がっていることに、多くのリスナーは疑問を抱き、あらゆる方法でその謎の解明に試みました(その努力はアマゾンでの様々なベクトルの批評から確認することができます)。今聴けば「品川ナンバー」のエレポップ的エッセンスや「バーモント・キッス」のアンビエントの香りが後の相対性理論の布石になっていることが分かりますが、当時はそれが新機軸でしたし、戸惑った人も多かったことでしょう。

 

これらの実験は、1stと2ndの要素を掛け合わせ更に洗練させた3rd「シンクロニシティーン」(2010)の成功を持って終了します。特筆すべき点は、3rdからクレジットに真部随一以外のメンバーが明記されたことでしょう。加えて3rd以前のアルバムの作詞曲にも他のメンバーが関わっていたという発言も興味深く、これまでは真部がどこまで相対性理論を抱えているのかというのが長らく議論されてきた点でしたが、ここで少なくとも完全なるワンマンバンドではないことが分かっています。また、摩訶不思議な歌詞とウィスパーボイスのコラボレーションに違和感を抱く人が減り、この形がある種のスタンダードなものとして確立されてしまったのも「シンクロ」辺りからです。そういう意味では、相対性理論のポリシーを考えても、彼女らがこれ以上同じ実験をする必要性がなくなったとも考えられます。もしかしたら、「LOVEずっきゅん」のPVの謎を解決する「ミス・パラレルワールド」が収録されたのも、今までの決算、次のステージへの意志表明という意味合いがあったのかもしれません。

 

このように、相対性理論はこの3枚のアルバムをもって、多くの人間が「ダサい」と一蹴する要素でも上手く組み合わせることで、良質なポップ・ミュージックを作ることができるということを証明してみせたのでした。

 

 

ということで前半はここまで。次からは、問題とされている「シンクロ」以降、そしてやくしまるえつこソロ・プロジェクトを見ることで、相対性理論の現在の姿を徹底的に掘り下げます。

 

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