栄光と混乱に満ちたアイドル戦国時代 その激動の歴史を紐解く12曲 後編

 

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アイドルが照らす希望 そして、世界へ

 2013年頃にはアイドルシーンはほぼ成熟したと言っても良く、テレビをつけたら当たり前のようにアイドルが出演していたり、武道館のライブラッシュが起こったりと、活動の規模が益々拡大していきました。しかしそれと同時に、アイドルブームの「飽和」感、握手会をめぐる傷害事件など、不穏な空気が拭いきれなくなってきたのも事実です。大量に出現したアイドルは、様々な形で独自路線を開拓、他のアイドルとの差異化を図ろうとします。アイドルの「脱アイドル」化の動きが顕著になるのもこの頃です。その結果、アイドルシーンを総括するような名曲が生まれる一方で、今までにみたことがない非常にユニークなコンセプト、ジャンルレスな音楽もアイドル界隈に溢れることになりました。

 

8) AKB48 「恋するフォーチュンクッキー」(2013)

 アイドルソングは、時に何よりも正確に世相を表します。たとえばモーニング娘。は、「恋愛レボリューション21」にて平成不況を「日本の未来は 世界がうらやむ」と歌い飛ばしました。「あたしゃ本当 NICE BODY」と半ばヤケクソ的に盛り上がる女性が、ノリノリで「明るい未来に就職希望だわ」と歌うこの曲は、バブル崩壊後お先真っ暗の日本人を強く励まし、また、多くの人から愛されました。

 では、現代はどうでしょうか。結局、平成不況は現在も続いていて、特に不満もないけれど未来が明るいわけでもないという、薄く靄のかかったような時代。現代を生きる多くの若者が望むことは、世界がうらやむ日本を創ることではなく、ささやかだけど安定した生活を送ることでした。

 そんな私たちに寄り添うような形で「恋するフォーチュンクッキー」は生まれます。この歌詞の主人公は、どうやらNICE BODYでも、クラブで踊るイケイケの女性でもなさそうで、むしろ「何度目かの失恋」を恐れるような、至って普通の女性です。それもそのはず、この曲の主人公は、アイドル史上最も一般人に近い人間・指原莉乃なのですから。「まわりを見れば大勢の 可愛いコたちがいる」中の「地味な花」であり、「いつだって可愛いコが 人気投票で1位になる」世界に身を置いている、大いなる凡人・指原。そんな彼女も、スキャンダル後HKT48への異動をバネに、AKB総選挙で1位を獲得し、センターの座を手に入れるまでになります。初めて1位に輝いた瞬間、大島優子が、高橋みなみが、ファンが、国民が、そして何より指原莉乃が、驚きました。大いなる凡人が、アイドル界の頂点に立った瞬間でした。

 そんな偉大なる庶民・指原が「未来は そんな悪くないよ」と言ってくれる安心感と、強さ。このほんの少しだけポジティブなメッセージソングは、ミドルテンポの80年代風サウンドと、コピーしやすいシンプルなダンスにのせて、いろんな人たちのもとへ届きました。様々な人たちの「踊ってみた」投稿がムーブメントになったのは、そのメッセージがきちんと届いたというひとつの証と言えるでしょう。「あなたとどこかで愛し合える予感」なんていう、私たちが抱くささやかな明るい未来を、AKB48が、指原莉乃が、表現したのでした。

 

9) でんぱ組.inc   「でんでんぱっしょん」(2013)

 でんぱ組はなぜブレイクしたのでしょう。一応略歴だけ見ると、最上もが藤咲彩音(ピンキー)の加入が契機になっている感じはありますが、他にも、メンバー全員がオタクという親近感、平均年齢が比較的高いことの安定感、男ウケを狙わないファッション、ツイッターなどでの歯に衣着せぬ発言、前山田健一玉屋2060%らのハイテンションな電波ソングなど、ブレイクには様々な要因が絡んでいます。一方で、グラビアで男心を掴んでおくことや、過去を打ち明け、鼓舞していくスタイルなど、アイドルらしい一面も押さえるしたたかさもあって、それらを含めたでんぱ組のプロデュース力には目を見張るものがあります。多くのアイドルが背伸びした形で武道館ライブを行ってきた中、でんぱ組は満員の武道館でライブに臨めたこと、その後も海外進出、バラエティ番組のレギュラー、ドラマ出演など活動の規模、幅を広げていっていることは決してまぐれなんかじゃなくて、綿密に準備をし、やるべきことを実行してきた成果だと言えるでしょう。

 でんぱ組を一般層に知らしめた「でんでんぱっしょん」は、極端に速いBPMで、極端に高いキーのメロディを、極端に振り切ったテンションで歌い踊る、人力電波ソング。今までだったらボーカロイドがやっていたようなことを、人間がやってる!とは思わないにしても、PVを観ながら「これ、ほんとにライブでやるんだ…?」と思った人は多いはず。やるんですよね。これがでんぱ組の凄いとこだと思います。

 

10) BABYMETAL 「ギミチョコ!!」 (2014)

 「We Are BABYMETAL」!その知名度の浸透がどれほどまでなのかは別として、世界で最も有名な日本のグループのひとつになったのは事実でしょう。どんなジャンルの音楽でもメロディラインを過剰にし、ビジュアルにもこだわる(日本のミュージシャンはハゲないですよね)という、あらゆる音楽を「日本的」にする文化が長いこと蓄積されてきた邦楽界において、ベビメタは、「メタルとアイドルの融合」という全く相入れない分野を掛け合わせてしまった、まさに日本の音楽文化の賜物といえる存在です。キツネサインや、モッシュッシュなどの独特な呼称、大曲に対して「4についての歌」「チョコ欲しい」など比較的スケールの小さな歌詞、「赤い夜」「黒い夜」といったどこかで見たことあるようなライブタイトルなど、取っつきづらいメタルの世界を、ベビメタの3人に還元できる程度の馴染みやすさに落とし込んだ「日本的」アレンジは見事。

 海外から注目を浴びているのは、国内でよく言われている、神バンドの演奏力の凄さ…よりむしろそのジャンルミックスの異様さ、新鮮さにあると思います。私的には、日本という土壌だからこそ生まれたこの特殊な存在が、日本語のまま海外に飛び出して、少なからず反応が返ってきていること、すごく痛快に思います。日本のアイドルが世界に何処まで通用するのか、今後もぜひ挑戦を続けてほしいです。

 

 

アイドルのこれから

 2010年前後から始まったアイドル戦国時代も、2015年上半期辺りから陰りが見え始めた感が否めません。2006年からアイドル界を牽引してきたアイドリング!!!の活動終了や、ベビメタの成功の裏で芸能活動休止を発表した武藤彩未など…ほかにもアイドルのプロデューサーが問題を起こしたり、セクシービデオに出演する元アイドルが増えたり、最近では(アイドルではないですが)傷害事件が発生してしまったりと、ネガティブなニュースが目立ってきました。
 では、アイドル文化はもう終わりなのかというと、予想に反してそうでもないようです。AKB48のゆるやかな世代交代はほぼ成功し、ももクロやでんぱ組など幾つかのアイドルが安定期に入っています。また、アイドルそれぞれが目指す形、目標があって、皆が武道館ライブを目指すような時代でもなくなったからこそ、かえって新しいことができるようになりました。Stereo Tokyoのフィジカルリリースからの卒業宣言や、Lyrical Schoolのスマホで見るMVなど、アイドルのやっていることは未だに驚きと革新性に満ちています。今後、アイドルがメディアに出る回数が減っていくことはあっても、邦楽シーンの前線を譲ることはしばらくなさそうです。

 

11) 3776(みななろ) 「生徒の本業」  (2015)

 2015年のアイドル界において最大の事件は、この「3776を聴かない理由があるとすれば」がリリースされたことでしょう。3776とは、中学生の「井出ちよの」一人から成る「富士山のご当地アイドルグループ」で、このアルバムが発表されるまでは、国内にいる760組以上のローカルアイドルの中の1組に過ぎない、ほぼ無名のアイドルでした。

 「3776を聴かない理由があるとすれば」は、ミニマルミュージックやプログレ、ポストパンクといったアイドルとはかけ離れた音と、井出ちよのの巧みな語りと歌のガイドとともに、富士山(標高3776m)の登頂を目指すというコンセプトアルバムです。収録時間は当然(?)、1時間3分(3776秒)で、例えば「生徒の本業」のように、3+7+7+6拍子で構成された曲があるなど、「3776」「富士山」に対して異様な執念をもった極めて変態チックな作りになっており、そのジャンルレスな音楽性とアイドルソングとしてのポップさの共存の妙は、多くのリスナーに衝撃を与えました。その結果、掟ポルシェBase Ball Bear小出祐介などの絶賛をもって迎えられ、タワーレコードによる全国流通、2015年のアイドル楽曲大賞のアルバム部門にて第4位を獲得するなど、3776は一躍全国にその名を轟かすことになりました。

 ちなみに、歌い手が一人なら作り手も一人、全ての楽曲はプロデューサー・石田彰の極度に神経質なDIY精神によって製作されています。奇才による奇人のための音楽が、大手による大衆のための音楽に勝利した瞬間でした。

 

12) 欅坂46  「サイレントマジョリティー」(2016)

 48グループにスタダアイドル勢、ハロプロにベビメタと明らかな飽和状態にあったアイドルシーンに、これ以上割り込んでいけるアイドルなんてもういないのでは…なんて思っていた矢先、軽々とその思惑を打ち破ったのが、欅坂46でした。

 乃木坂46の初の姉妹グループ冠番組「欅って、書けない?」、曲もないのにイベントをZepp DiverCityで2days開催するなど、結成当初から話題を集めていた欅坂46ですが、満を持して発売した1stシングル「サイレントマジョリティー」は初動26万枚を記録、PVの再生数はわずか1か月強で1千万回を越え、雑誌等のメディアには引っ張りだこ、Mステにも堂々の出演を果たすなど、想像以上の結果を残してあっという間にメジャーアイドルの仲間入りを果たしました。

 すでに様々な人が述べているように、このブレイクのカギはセンター・平手友梨奈にあります。平手友梨奈は、初見で「この子は人気が出るだろう」と確信できる圧倒的なビジュアル、雰囲気を持っていることに加えて、一般層も取り込めるほどの大衆的な可愛さ、格好良さをも持ち合わせていました。実際、平手友梨奈のクールな一面をフィーチャーした「サイレントマジョリティー」のPVが欅坂46知名度を大幅に上げたのは事実で、世相を的確に表したメッセージ性の強い歌詞、「制服のマネキン」を彷彿とさせる激しいパフォーマンスも含めて、楽曲は非常に高い評価、結果を得ました。

 平手友梨奈と「サイレントマジョリティー」は、グループの入り口を広げ、多くの人間を取り込むことに成功しました。しかし、欅坂46はおそろしいことに、まだほんの少ししかカードを切っていません。2枚目のシングルも控えたこのグループが起こす次の波は、間違いなく、さらに大きなものとなるでしょう。