栄光と混乱に満ちたアイドル戦国時代 その激動の歴史を紐解く12曲 前編

 

 「アイドル戦国時代」と呼ばれるようになって、今年で6年が経ちます。「ブーム」という言葉で片づけるにはあまりに長い6年という歳月の中で、アイドルシーンは驚くほど変容し、進化と深化を繰り返しました。では、ここで一度素朴な疑問に立ち返ります。
  「アイドルとは一体何なのか?」
 日本で最も影響力のあるカルチャー?一部の愛好者が嗜んでいるに過ぎないサブカルチャー?邦楽を失墜させた罪深き巨悪?それとも、もともと死ぬゆく運命にあった邦楽を生き永らえさせた救世主?...ひとつだけ言えることは、アイドルが邦楽にもたらした功罪は、決して小さくないということです。我々は、これからのアイドル界、そして邦楽界の将来を見据えていくためにも、このムーブメントの軌跡を振り返ってみる必要があります。
 ここで挙げられる11組のアイドルグループとその12曲は、『「アイドル戦国時代」と言うムーブメントの転換点に位置し、時に邦楽全体にも影響を与えた作品』という基準を中心に選出しています。ですので、必ずしもグループの代表曲とは限らず、また、この11組のほかに高いセールスを誇るアイドルも存在します。極力客観的な選出を心掛けましたが、音楽メディアによってその年のベストアルバム選にバラつきがあるように、主観的要素が含まれてしまうのも事実です。しかし同時に、アイドル戦国時代の全容を把握するにあたって、この12曲の知識が役立つことは間違いないと、断言しておきたいと思います。
 
 では、ようやく本編に入りましょう。アイドル界にとどまらず、芸能界や社会問題など様々な分野を巻き込み、その度議論を引き起こし、称賛も批判も全て取り込んでいったアイドルというカルチャー。これがその栄光と混乱に満ちた激動の歴史を紐解くための、12曲です。

 

 

1) AKB48 「大声ダイアモンド」 (2008)

 今やテレビで見ない日はないアイドル・AKB48と我々とのファーストコンタクトは、勿論人によるとは思いますが、2006年のMUSIC STAITION、もしくは2007年の紅白歌合戦だったのではないかと思います。当時のAKB48は、Mステでは「スカート、ひらり」でお茶の間を絶句させ、紅白でもリア・ディゾン中川翔子とともに「アキバ枠」として出演するなどイロモノ、サブカルチャー的要素が強く、「国民的アイドル」とは程遠い存在でした。

 そんなAKB48が「地下アイドル」から「国民的アイドル」へと駆け上がる最初のターニングポイントが、「大声ダイアモンド」です。今作は、当時から支持されていた「アイドルなのにクオリティが高い楽曲」に加えて、握手会を全国的に展開させたこと(後の「AKB商法」)、SKE48発足直後の松井珠理奈をセンターに抜擢したこと(サプライズ性)など、現在のAKB48の原型とも言える方針が次々と導入されています。やがて「10年桜」「言い訳maybe」などのヒットソングを経て、「RIVER」で国民的アイドルの座を獲得するAKB48にとって、「大声ダイアモンド」はブレイクポイントとなったのみならず、今存在するほぼ全てのアイドルに大きな影響を与えた一曲だと言えます。

 

 

「アイドル戦国時代」突入

 さて、AKB48がブレイクすることで、他のアイドルたちがネクストブレイク枠を争う構図が生まれ、メディアがアイドルを取り扱う機会も増えました。そんな中ついに2010年、今でも語り継がれるMUSIC JAPANの伝説的企画「アイドル大集合特集」が放送されます。「アイドル戦国時代」と呼ばれるきっかけにもなったこの番組には、AKB48アイドリング!!!など計7組のアイドルが出演しました。そして、その中で新人枠として注目されたのがスマイレージ(現・アンジュルム)、東京女子流ももいろクローバー(現・ももいろクローバーZ)の3組でした。

 

2) スマイレージ(現・アンジュルム) 「夢見る15歳」 (2010)

 スマイレージは、モーニング娘。ブームも過ぎて久しく、他のグループも苦戦していたハロー!プロジェクトにおいて、超大型ルーキーとしてデビューしたグループです。ユニークな振付やメンバーの黒歴史的キャラ設定、「日本一短いスカートのアイドル」という変わったコンセプト、他のアイドルと一線を画したルックスと高い歌唱力、さらに2010年には日本レコード大賞にて最優秀新人賞を獲得するなど、当時のアイドルシーンの中ではあらゆる面において抜きんでたグループでした。

 …が、まぁいろいろあって、人数が増えたり減ったり、改名したりと様々な変化を遂げる中で、その度新たな方向性、魅力が引き出されはするものの、シーンの先頭の座は譲ることとなってしまいます。えげつないほどのフレッシュさに思わず目も眩む「夢見る15歳」のPVには、現在のアンジュルムにはない(勿論今のアンジュルムにはアンジュルムの良さがあります)、当時の並々ならぬ期待値の大きさと、それに応える圧倒的な勢いを持っていた最強アイドルグループの姿を確認することができます。

 

 

3) 東京女子流  「鼓動の秘密」(2011)

 東京女子流もまた、エイベックスが手掛ける本格派アイドル(正確にはガールズダンス&ボーカルグループ)として、鳴り物入りでアイドル界に参入したグループです。王道アイドルソングが主流だった当時のアイドルシーンの中で、東京女子流は、ファンクやブラックミュージックを本格的に取り入れたサウンドをベースとすることで、多くのファンを魅了してきました。「鼓動の秘密」は、無機質×近未来×ゴスロリの要素を組み合わせた、既定のアイドル路線とは違うアーティスティックなMVも相まって高い評価を得ており、初期・東京女子流のイメージを形成する重要な楽曲となっています。

 楽曲派グループの代表格としてアイドルシーンを牽引し、2011年発売のアルバム「Limited Addiction」がCDショップ大賞にノミネート、2012年には当時最年少記録となった武道館での単独ライブを果たす一方で、各所で議論を巻き起こした「アーティスト宣言」や、度々起きる音楽の方向性の変化など、試行錯誤が多いグループでもあります。小西彩乃の脱退により4人となった現在は、メンバーが作詞に携わったり、爽やかなガールズポップを歌うようになったりと、新たな一面を見せ始めています。

 

4) ももいろクローバー (現・ももいろクローバーZ)「行くぜっ!怪盗少女」(2010)

 48グループがアイドル界のメインカルチャーとするなら、ももクロはそのカウンターカルチャー的存在と呼べるでしょう。大人数のAKB48と少人数のももクロ、王道アイドルソングAKB48サブカル変態ソングのももクロ、脱ぐAKB48と脱がないももクロ、選抜メンバーに会えなくなってきたAKB48と「今会えるアイドル」を掲げたももクロなど、AKB48とは真逆の方向性を打ち出し続け、その奇抜さと目新しさで注目を集めてきました。

 「行くぜっ!怪盗少女」は、当時ほぼ無名だった前山田健一を起用した、大胆な転調とハチャメチャな構成が印象的な自己紹介ソングです。極限までのポップネス、心配するほどの全力感、よく分からないんだけどなんかスゴい「エビぞりジャンプ」など、ももクロの代名詞と言える要素がギュッと詰め込まれたこの曲は、お茶の間に強烈な印象を与え、多くの人間をモノノフという抜け出せない迷宮の世界へ連れ去ってしまいました。

 以後、2012年末までほぼ完璧な舵取りで人気を垂直上昇させ、ライブ動員は倍倍ゲームで増加、2014年には国立競技場でライブをするほどの大物グループまでに成長します。2016年もドームツアーを敢行できる程の動員力を保ち、女優業やソロシンガーなど個々の活動にも力を入れ出している、活動安定期に入ることができた数少ないアイドルグループです。

 

混沌化していくアイドルシーン

 前田敦子AKB48卒業を発表、ももクロのブレイクと、アイドルがメディアの影響力を強め、その需要が増していく一方で、アイドルシーンは益々混沌と化していきました。日本最大規模のアイドルフェス「TOKYO IDOL FESTIVAL」では、2011年には57組(396名)だった出演者数が、翌年には倍の111組(732名)に増加しています。「アイドル戦国時代」という呼称が一般に浸透していったのもこの頃で、個々のアイドルグループの勢いは勿論、アイドルという文化そのものがメジャーシーンに突入していく、今ブームの象徴となる時期と言えます。

 

 

 

 

5) BiS 「nerve」 (2011)

 アイドル戦国時代からAKBとももクロが一抜けた形だとするなら、アイドル界はBiSを中心に回っていたと言っても過言ではないかもしれません。最大の問題児にしてグループの核であるプー・ルイが発足したBiSは、ももクロが壊し始めていたアイドルの概念を完全に破壊し、倫理的に問題があるレベルにまで突き詰めていきました。メンバー同士でディープキスをしたり、樹海で全裸になったり、メンバー間の不仲をイベントにしたりと、悪趣味スレスレ、いや、ズブズブのプロモーションで人気とバッシングを獲得。他方、でんぱ組など他アイドルとの親交も深く、本格的なバンドサウンドの楽曲はアイドルファン問わず高い評価を得るなど、シーンのど真ん中でアイドル界をかき回し続けます。4年間で7人が加入し5人が脱退という、有形無形なグループ、BiSも、ラスト半年は何だかんだで仲良くやっていて、無事横浜アリーナで有終の美(?) を飾れたのだから何だか不思議なものです。

 「nerve」は、サビの振付にエビぞりジャンプを取り入れた、BiSとはどんなアイドルなのか?を端的に示す代表曲です。アイドルソングの定番でもあり、2013年にはTOKYO IDOL FESTIVALのグランドフィナーレ曲に抜擢されています。今でもnerveのイントロがどこからか聞こえると、ありとあらゆる場所からオタクが沸いて出るという、超圧倒的なアンセムです。

 

6) Tomato n’ Pine  「ワナダンス!」(2012)

 トマパイは、楽曲派アイドルの代表的なグループのひとつです。ももクロのブレイク以降、個性の押し売り、センセーショナルな話題作りにあくせくしていたアイドルたちですが、トマパイはメンバーの本業がそれぞれ別にあるということもあってか、戦わないアイドルとしてマイペースに活動を続ける、ある意味異色のアイドルでした。

 ファーストアルバムにしてラストアルバムとなった「PS4U」は、スキャットマンのオマージュから始まりZONEのカバーに終わる、手堅くも良質なグッドソング集。agehaspringによって手掛けられたトマパイの音楽は、ハイテンションでもなければ、明確なフックがたくさん仕掛けられているわけでもありませんが、リスナーにそっと寄り添い、軽やかに励ましてくれる、素朴だけど確かな強さを持っています。一時の話題性に惑わされない、高品質で確かなポップネスを徹底したこと、それが2012年「散開」した後もなお、高い支持を得続けている所以でしょうし、それはどんなに時が経とうと、変わらず語り継がれていくことも意味しています。

 

7) モーニング娘。(現・モーニング娘。'16) 「One・Two・Three」 (2012)

 2012年はズバリ、モーニング娘。復活の年でした。シングル50枚目、リーダー・道重さゆみの新体制という節目にリリースされた「One・Two・Three」は、アイドル戦国時代への本格的な参入を決意した一曲です。以後アイドル戦国時代の物語の中に、モー娘。が織り込まれていくようになります。

 楽曲に関して特筆すべき点は、EDMを取り入れていることではないでしょうか。日本は海外のムーブメントが伝わってくるのが遅いと言われていますが、モー娘。がEDMを導入したことにより、アイドルシーンにおいては、少なくとも2013年にはアイドル×EDMの形が一般化していました。また、生え抜きアイドルとして格の違いを見せつけた、複雑でレベルの高いフォーメーションダンスは世界で注目され、「One・Two・Three」のダンスバージョンのPVはYou Tubeにて約900万回視聴されたほか、モー娘。の楽曲の「踊ってみた」シリーズが現在も様々な国から投稿されています。

 当時の新生モー娘。エース・鞘師里保の超カッコいいフェイクから始まるこの曲は、モー娘。がアイドル元祖女王としての自覚を再認し、新たな挑戦を決意した記念碑的作品と言えるでしょう。

 

 

後編へ続きます。